第10章 かきやりし その黒髪の 筋ごとに うち伏すほどは 面影ぞたつ
傍目に見ても、ソレ。
見た目も状況もまさに、ソレ。
一つ部屋を借り、既に敷かれていた褥にぽいと天狐を放った。
「うぐ。おい、ここに何の用がある。」
「あん?用がなきゃここには来ねぇよ。」
「いつもの布団で眠りたい。」
「俺がいりゃいつもの布団だろうが。」
部屋に鍵を掛けたのを再三確認し、窓の外の気配も徹底して探る。
二人だ。
ここに居るのは男と女。
誰も見ていない。
蝋燭の明かりだけが頼りのこの部屋、夜目の効く天狐には何も問題もなく俺が見えているのだろうが、俺にはぼやけるこいつの輪郭と金に輝く真っ直ぐな瞳しか見えない。
忍服の上着を脱いで雑に部屋の隅に放る。
それを見た天狐は本当にここで眠るのだと察したのか、洋服の上に羽織っていた簡単な単衣の帯を外し、楽にし始める。
そんな様子を仁王立ちで観察する自分に、またため息。
身体の線がうかがえる洋服は、天狐のしなやかで狐らしい線を誇張する。
女狐らしくそれなりに豊かな双丘の膨らみも可愛らしい。
「シカマル?」
一向に動かない俺を呼ぶ、天狐の声。
いつも聞くそれなのに、この時ばかりは都合よく艶めかしく俺の耳に響く。
「なんだ。」
「眠るのじゃろう?」
「そうだな。」
知らない匂いしかしないこの部屋で、唯一安心できる匂いは俺だけだろう。
だからと思って、着ていた上着は部屋の隅に放ったのだ。
俺はようやう膝を折り、こちらをいつまでも射抜いていた金色を手で覆う。
「ん。」
「天狐、人は年中発情期。むしろ肯定する。」
「うん?」
顔にあてられた俺の手に天狐がその細い手を重ねる。
ただ、確認のためなのだろうが、俺はそれだけで震えた。
「お前に恨まれようが、文句を言われようが、俺はお前を愛してやまねぇんだ。」
「は?」
「悪いな。押さえられねぇわ。」
理性の箍を無理やりに外し、自分に止まるな。と怒号を浴びせる。