第10章 かきやりし その黒髪の 筋ごとに うち伏すほどは 面影ぞたつ
思い切って優しく触れた唇は、湿っていて柔らかだった。
すぐに離れ、ゆっくりと金の瞳を隠していた手を退ける。
驚きに見開かれていた瞳は、驚く獣そのものだった。
「お前、酒、飲み過ぎ。」
勝手に笑った俺の口元は、中毒のように酒の味の残る唇をもう一度食んだ。
何度目かに離れると、天狐の瞳は伏せられて、細いその手は俺の服を握りしめていた。
「シカマルは、私の香で酔ったのか?それとも、私の飲んだ酒で酔ったのか?」
「お前の香に決まってんだろ。」
「じゃぁ、もう一度。確かめて。」
強請る様に俺の服の襟を引っ張り、恋う。
天狐のうなじに手を差し入れ、ゆっくりと引きよせた。
どちらともなく食んだ唇は、もう、天狐の味しかしなかった。
段々と貪り食うように、深く深く潜りこむと、不意にチクリと舌が痛んだ。
思わず身体を強張らせゆっくりと離れると、天狐が俺の頬へ手を添える。
「すまん。私の牙が傷を付けた。あぁも、舌を食まれる事は初めてで。」
「お前だけだろ、俺の舌に傷を付けられるなんて。」
「また一つ、人としての欠陥じゃ。」
「それがお前だろ?もう少し、いいか?」
有無を問うたが、答えは求めなかった。
止めるとか止まるとか、土台無理な話だからだ。
唇を閉め俺を拒否した天狐の頬を無理やりに押し口を開け、俺に傷を付けた狐の犬歯の形を確かめる。
頭を引いて逃げようともがく天狐の頭を押さえつけ、そのまま褥に押さえつけた。
「んふ」
「は。苦しかったか?」
「あ、あふ。怪我をするぞ。」
「望むところだ。」
白い布団と反して、黒い天狐の獣耳がしっかりとこちらを向いていた。
いつもなら触れる事を許されない、その耳にふわりと触れてみる。
一度は払われたものの、もう一度触れるとむずむずと動きながら慣れようとしてくれていた。