第8章 筑波嶺の 峰より落つる 男女川 恋ぞ積りて 淵となりぬる
特に尾は丁寧に扱う。
露店で見つけ、効能を知るや否や銀猫のように俺の懐に潜り込んで強請ってきた椿油。
これを毎度丁寧に梳き込んでいる。
おかげで、水も弾く上等品の襟巻みたいだ。
言ったら怒るだろうから言わないが。
「あぁ。そうだ。シカマルやヨシノの着ているような服が欲しい。」
「ズボンとシャツ?」
「そうそう。浴衣だと、いちいちヨシノに手直ししてもらわなければならんし、そのズボンとやらだと尾の下で止めれば問題なかろう?」
「そうだけど。ケツが出るんじゃねぇのか?」
「出ないと思うが?シカマルの、ほら、腰のこの位置に尾はあるから。」
「ば!やめろ!さわんな!」
突然くるりと身体をこちらに向け、俺の後ろに手を回し、服の中に手を突っ込んで腰をツンツンとつつく。
あまりにも自然な動きで驚いた。
「何をそんなに驚く。こっちが驚いた。」
「フツーは一言断ってからとかあるだろうが。」
「触れ合うのもまた会話だろうが。これだから獣の道が通じん人は面倒くさい。」
「あーはいはい。悪うござんした。」
「解ればいい。」
夜も涼しい季節だと言うのに、一気に熱くなった。
俺の体にコイツの毛が触れるのは獣くささが上回るが、人の肌が触れるのはどうにも身体が固まる。
柔らかな絹糸のような白い肌、天辺が地面に近くなり始めた月の明かりがそれを一際匂い立たせる。
俺だって男だ。
もっと触れたいとか見たいとか無い訳がない。
その相手が好いた相手で、そこらの人を逸脱した美しさならなおのこと。
反面、壊れ物のように大切に扱いたいと言う気持ちもある。
俺の心はまるで湖だ。
霧が掛かり一つも波が無い時もあれば、雨風強く水面が泡立つ時もある。
おだやかな晴天の日には水鏡のよう。時には厚く氷で閉ざす時もある。
こいつはさながら、時と場所を選ばないゲリラ豪雨だ。
掻き乱すだけ掻き乱してケロリと居なくなる。
こいつが居て、湖面穏やかな訳があるまい。