第8章 筑波嶺の 峰より落つる 男女川 恋ぞ積りて 淵となりぬる
「一生だ。死ぬまで。」
「しか、しかしシカマル。その、私は狐だぞ?獣だ。」
「人間だって元をたどれば獣だろうが。お前の嫌いな猿な。」
私の身体は動かないまま。
シカマルが一歩引いて私から離れる。
ひやっとした夏風が身体に通り、裾をはためかせる。
「干柿鬼鮫ってやつがいる。そいつはな、鮫と人間の合いの子みたいな顔をしている。」
「さ、さめ?合いの子?」
「魚の仲間だ。今度見せてやる。きっとあいつの親もそういうのだったんだろうよ?」
「ば、馬鹿な事があるか!異種の間に子など生まれるか!」
「お前も見たら信じるって。この俺が信じたんだから。」
「うぐ。」
もう頭がこんがらがってきた。
人と狐が結ばれることは何千年も前にあったこと。
絶対にない訳ではないと淡い期待を持っていた。
しかし、それが目の前にあった時、私はシカマルを汚さぬようにと身を引いた。
だから子は成らない。と不確実な事実を突き付けて見たのに、なにがサメと人の合いの子だ。
そんなもの作り話かもしれないだろうが。
「いんだよ。そんなめんどくせぇ事考えなくて。」
「聞きたくない!」
「お前も好きにここにいんなら。俺も好きにお前といる。」
「くう。」
「諦めろ。俺は諦めねぇ男だからな。」
「ふん。自分の科白には聞こえんぞ。」
「あぁ、こりゃ、俺のダチの科白だ。借りた。」
「はぁ。」
大きなため息をひとつつくと、シカマルは破顔一笑して柔らかに笑った。
ようやく解放された身体で一番にした事は、本当に袋の中にふがしが入っていないか確認することだった。
「ホントに空だよ。ほら、一緒に買いに行くぞ。」
「知らぬぞ。」
「なにを?」
「狐の好奇心。侮るなかれ。」
「望むところ。」
初めて繋がれた手の間を、青い風が薫った。