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~短歌~

第8章 筑波嶺の 峰より落つる 男女川 恋ぞ積りて 淵となりぬる




「あぁ。おふくろが、今日の晩飯は鰻だってよ。じゃぁな。」

こいつは何枚手を持っているのだ!
私が鰻のかば焼きが好きと知っての言葉だろう。
くるりと振り返ったときには既にシカマルの姿はなく、ぴょんと飛んで行ったあとだった。
ため息と一緒に狐に身を戻し山へ駆けこんだ。
母鹿よりも一回り小さな仔鹿たちは、足取りも軽く親から離れ遊びに出る。
雄たちは段々と重くなり始めた頭を確かめるように木にこする。
しんしんと緑深める草木は強く太陽を求めようと背伸びし、みな私の丈を超える。
人里よりも幾分か涼しい山の森は、さっきまでの熱を帯びた心を冷ましてくれる。

「おや、黒狐。なにをそんなに急いでいる。」
「こりゃあ、柿の爺。なに、急いではおらぬ。」
「いやいや、いらついておる。なんじゃ、秋が近づくにつれ思う狐が恋しいか。」
「何を。」
「想わぬいきものはおらん。わしらのように満たされ生きるものは常に貪欲。」

重たそうな角を、どっしりとした首の上に物憂げに置いた、老いぼれの雄鹿。
かつてはこの鹿たちの頭を取ったと言う。

「一生は短い。お前のように知識と気概があるものには短かろう。想う心の洞を閉ざしているとただただ勿体なく腐るだけぞ?虫がでないよう洞は開けて、風を通せ。」

はっはっは。と笑いこちらの言い分も聞かずに、ジジイはゆっくりと踵を返して行った。
まったく何だと言うのだ。
どいつもこいつも。
諦めた途端近づいてくるとは卑怯ではないか。
ぴょん。と岩を飛び降りて近道をすると、先も会った奴が手に紙袋を持って前に留まっていた。

「気が付かなかっただろ。ここは風下だからな。」
「なんでいる。」
「言ったろ。昼寝。」
「その紙袋はなんだ。」
「ふがし。」

無視して歩きだすが、ここらは平地で足の短い草ばかりで、人には歩きやすい。
簡単に付いてくる。

「待てよ天狐。」
「なんじゃ。」
「お前、一人だけ言い逃げするつもりか。」
「見当もつかん。ついてくるな。」
「櫛。」

びたりと思わず足が止まってしまった。
夏の山、昼下がりの風が吹く。

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