第8章 筑波嶺の 峰より落つる 男女川 恋ぞ積りて 淵となりぬる
「何してたんだ。」
「今、ヨシノに使いを頼まれて、届け物をしてきた所だ。」
「帰るところか。」
「知った口を。秋道の家を出てからずっと尾に張り付いていた癖に。なんだ、なにか用か?」
「いや。俺も丁度暇になってよ。お前と昼寝でもしようかと思ってたところだ。」
「すまんな。これから山へ行く。」
「じゃぁ、俺も行こう。」
「人の足は邪魔だ。」
「俺の山だぞ。」
「それは猿山か?猿は嫌いでな。」
「訂正。奈良家の山だ。」
「シカクがいればよいこと。」
「いずれは俺が継ぐ。」
しつこい。
しつこいしつこいしつこい!
ここは茶屋、いきり立って声を張るのははばかられる所。
もしやシカマルは、そこまで先を読んで私をここに招き入れたのではと邪推する。
尻尾ばかりが怒る。
「もういい。好きにしろ。」
「あぁ。やっぱり行かねぇや。お前の事待ってるわ。」
「はぁ?」
シカマルが何を考えているのかさっぱり分からない。
行くと言ったり行かぬと言ったり。
無視しようにも、なぜそういうことを言うのか気になって仕方がないのだ。
なんだ、コイツの策か?
一度は決別しようとした思いをどうしてまた引き上げようとするのか。
シカクの策か?それともシカマルのただの考えなしの気紛れか?
これを気真面目にやっているとしたら、私はまんまとコイツの策に嵌っているとでも言うのか?
解せん。
「じゃぁ、一つ頼みがある。」
「なんだ。」
「山から帰った時にふがしが食べたい。もう家になかった気がする。買って置いてはもらえんだろうか。」
「かき氷の方がいいんじゃないのか?」
「いや、ふがしでいい。買って茶の間に置いておいてくれればいい。」
「あっそう。」
「うん。じゃぁ、ごちそうさま。」
ふん。今日は戻らん。
気を持たせるのがお前の策なら、こちらもそれ相応の策で迎えればいいだけの事。
だから、今日は帰らん。
ヨシノやシカクは心配するだろうが、獣が一日家に帰らなかったぐらいでなんだ。普通だろうが。