第7章 恋すてふわが名はまだき立ちにけり人知れずこそ思ひ初めしか
居酒屋。という店はシカクの顔なじみのようで、獣である私も快く受け入れてくれた。
ドン。ドン。ドン。と置かれる数々の料理、獣の口や手では汚れてしまいそうな食べ物ばかりで、シカクにいちいち選り分けてもらわなければ食べられなかった。
「なんだよめんどくせぇな。」
「仕方ないだろう。天狐ちゃんは狐なんだから。」
「狐だからめんどくさいんだ。天狐、変化して人になってくれや。そうしたら自分で好きなだけ食えるぞ。」
「変化?」
「あぁ。こいつは変化が出来る凄い狐だからな。」
「名乗ってなかったな。いのいち。私は北斗七星の化身、黒狐の天狐と申す。」
「北斗七星の化身?天狐ちゃんは星なのか?」
「という謂われなだけじゃ。神通力を操る狐の中で下位の黒毛は、皆そう名乗る。」
つらつらと幾度も名乗っていた自分の名を名乗り、それと同時に成り切れない人間に身を変える。
やはりどうしても耳と尾が残る。
ヨシノのお下がりと言っていた浴衣に身を包んだ人間姿。
尾もちゃんと浴衣の外に出て、苦しくないように工夫してもらった特別な物だ。
「おぉすごい。」
「こいつは半端だからと嫌がるが、どうだ、かわいいもんだろう?」
「親馬鹿か?シカク。」
「娘が出来たみたいで、嬉しいよ。」
わしわしと私の頭を撫でるシカクは好きだ。
側にいると安心できる。
教えてもらった箸を持ち、次は自分の満足いくように食事にありつく。
二人は大口開けて笑いながら、料理をつまみ、それと一緒に顔をしかめてしまいそうなツンと匂いのする水を飲んでいる。
段々と顔が赤くなってくるのが心配だ。
「のう、シカク。大丈夫か?」
「あん?なにがだ?」
「顔が赤いが熱でもあるのか?いのいちも。」
「あぁ、こりゃ酒だ。」
酒?と聞けばなぜか私の前にも酒の入った盃が用意された。