第7章 恋すてふわが名はまだき立ちにけり人知れずこそ思ひ初めしか
焦ってるのは俺だけか?
犬塚姉弟が冷静に見えて、一呼吸置いてから里に向かって走り出せた。
きっと、天狐は死なない。
あんなに急ぐ親父を見た事はないし、あんなに取り乱す自分を感じた事はなかったから死なれちゃ困る。
俺たちが両の肩で息をしながら木の葉病院に着いたときには、火影様とサクラが揃って一つの病室の前に立っていた。
「戻ったかシカマル。」
「あ、あの。」
「最初は驚いたが、シカクが説明してくれたよ。」
「はぁ。」
「シカマルも隅に置けないわね。」
「なんのことだよ。」
「とにかく入って、自分の目で確かめなさい。」
ばしり。と強い力で叩かれた背中に息が詰まった。
恐る恐る、しかし、悟られないように「奈良」と書かれた病室に入る。
一人部屋だ。
一体何があの二人の言葉の真意なのだろうか。と考える前に目に飛び込んで来たのは、人間の頭に生える黒い尖った耳。
もちろん耳はこちらを向いていた。
久しぶりに見た天狐の人間姿。
初めて見たあの満月の夜のように、美しい。と心臓が跳ねた。
「たかが狐に命張るとは。」
「張っちゃ悪いか?」
「お前もお前なら、シカクもシカクじゃ。ここへ駆けこむなり私の顔を叩いて、人に変化しろと煩い煩い。」
さっきまで息をするのにも精一杯だった黒い狐がベラベラ喋る。
「シカクは家に戻ってヨシノに私の事を伝えに行った。ふん。ふがしを買って来てくれるそうでな。それには大層期待している。で、お前。私の匂いのする血をべったりと胸につけて、なんじゃ。これ見よがしに。失態を晒す気か。」
ホント良く喋る。
「犬塚ハナにも感謝せねばな。最初の治療が良かったと火影とサクラ色の雌が言っておった。あーぁ、狐と犬は似てるか。そうだよなぁ。」
「お前。俺に喋らせない気か?」
「あ?嫌いなんだろう?私の事。出て行け。」
「出てかねぇよ。」
気付いたから。
こいつはただの狐じゃねぇって。
でも、人間でもない。