第6章 行く水に 数書くよりも はかなきは 思はぬ人を 思ふなりけり
意地っ張りで我儘な狐は、自らの後ろに回られ毛に触られるのを嫌がると思っていたが、案外と大人しくされるがまま。
「興味じゃ!人間への興味!人間の雌とはこうも難しい事をなぜするのかの興味!」
「はいはい。」
ばしばしと尾を畳に叩きつけながらも、動かずそのまま。
だから、聞いても大丈夫だと思った。
砂の里で櫛を嫌がった理由を。
「どうしてあの時、櫛がいらないなんて言ったんだ。」
「言っただろう。いらん香は付ける気はない。と。」
「あの櫛、なんか匂い付いていたか?」
「馬鹿。」
「は?」
「だから、童子同然と言った。まぁ、お前は獣じゃないからな。」
なにが言いたいのかさっぱり分からない。
そして、女特有の聞いて欲しそうにしているが、聞いたら聞いたで絶対に話さない雰囲気。
めんどくせぇ。マジで。
黙ってやり過ごすべきか、と考えたが案外すぐに口を開いた。
「他の雌の匂いをさせた化粧道具を持ってくる馬鹿がいるか。」
そう言った後に、ぴっぴっ!と片方の耳を大きく振る。
それが照れ隠しだと解ったのは早かった。
この無駄に回る頭を、今だけはどこかに捨て置きたかった。
嫉妬している。
テマリに。
「そ、そりゃ、悪かったな。」
俺に返せた言葉はこれが精一杯。
その夜、布団の中で悶々と悩むことになった。
ただ素直に、獣が懐いた者の気を引くための嫉妬か。
それともあれなりに、人の型を取って言ったのには何か意味があったのだろうか。
やはり、狐狸妖怪の類には諸々気を付けるべきだと思った。
諸々な。
(花火の季節)