第6章 行く水に 数書くよりも はかなきは 思はぬ人を 思ふなりけり
夕食後。
シカマルは仕事がある。と言って部屋を出ていった。
夜はぐんと涼しい。
毛づくろいをしようかと何度も思い立ったが、この与えられた巣に来た時の事を思い出して、諦めた。
砂を食べる趣味は無い。
仕方なしにウトウトする事に決めた。
そろそろ月が頭上に登った頃ようやくシカマルが戻ってきた。
「天狐、起きてるか?」
「なんじゃ。」
名前を呼ばれ顔を上げると、木で出来た掌に収まる物を持っていた。
確かにシカマルが手にするそれは気になったが、それ以上にシカマルからあのテマリという雌とあと二つ雄の匂いがしていたのが気に掛かった。
「櫛を貰ってきた。お前にくれるとよ。」
「くし?私にくれると?」
「お前の毛を梳くのにいいかと思って。」
差し出された櫛からは強いテマリの匂い。
これがテマリの持ちものであったと一瞬でわかる。
他の雌の匂いの付いた物で、毛を梳こうなどというシカマルの思考が許せなかった。
「すまぬが、いらん。」
「でも、お前砂まみれだろ。」
「まみれたままの方が良い。いらん香を体につける気はないからな。」
「かおり?」
「人の雄はなかなか大人にならないと聞く。まったくその通りだ。」
「は?自分が大人だとはいわねェけど。そりゃねぇだろ。俺は狐じゃない。」
「私も人では無い。」
シカマルが怒る事は無かった。
私だけが妙に心の中をざわつかせ、櫛から香る雌の匂いに苛立った。
いったい何だと言うのか。