第5章 忍れど 色に出でにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで
「親父もおふくろも、お前一人ぐらい居たって文句はいわねェよ。」
「よ、いのか?」
「あ?いぃんじゃねぇの?」
「うくふ。」
なんだ。うくふって。
笑ったのか息が詰まったのか解らない言葉を発して俯いてしまった。
天狐?と呼びかけるが、耳もこちらを向かないし、尾はバサバサと横に大きく揺れて毛が飛ぶ。
「嬉しい!」
そう言って俺に向かって思い切り飛びかかってきた天狐。
俺は受け身を取る事も出来ず、天狐を腹に乗せたまま床に頭と背を思い切り打ちつけた。
「ばっかおめぇ、狐じゃねぇんだぞ!ってー。」
「うふふふ!いいのか!本当に!ここを私の巣にして!」
「あ?だからいいって言ってんだろ!離れろ!暑い!」
「初めて仲間のいる生活じゃ!ふふふ!」
ボフン!と大きく音を立てて狐に戻ると、ぴょんぴょん!と部屋中を跳びはねる。
「シカマルー?何してるのよー!」
「なんでもねぇっ!おい、天狐!落ち着け!落ち着けって!」
どんどん。と床を叩くものだからおふくろに怒られた。
聞く耳もたずの天狐を影縛りで捕まえ、わっさわっさと振られる尻尾を上着で押さえつけ、これ以上毛と埃が舞うのを防ぐ。
「ったく。」
青蛙の声が煩く響く夏の夜。
この日から狐の天狐が奈良家の一員になった。