第3章 春の園 紅にほふ 桃の花 下照る道に いで立つ娘子
この事を誰に話しても信じてはくれなかった。
別に信じてもらおうと思っている訳じゃないが、何となく、本当に狐につままれたこの事実を誰かに話さずにはいられなかった。
おばけを見た奴が、誰かにその事を必死に話す心情が今わかった気がした。
「ふぅん。ホントかどうかは置いておくけど、願いを叶えてくれるなら、お金とか色々頼んじゃえばよかったのに。」
「だよね。お肉をたくさんとかさ。」
「あのなぁ、そんないい話がタダだと思うか?」
「恩返しでしょ?代金請求されちゃ恩返しじゃないじゃない。」
簡単な、というかいつもとあまり代わり映えのしない任務を終えて、同じ十班のメンバー、いのとチョウジと共に通い慣れた焼き肉店を訪れていた。
「相手は人間じゃねぇんだぞ?狐だぜ?狐。」
「人に化けて言葉も話すんでしょ?」
「妖怪とか幽霊の類に違いねぇ。関わらない方がいいに決まってる。」
「えー、でも、焼肉食べ放題の願いは叶えて欲しかったな。」
じゅうじゅうと肉が焼き上がる旨そうな匂いに、チョウジの食欲は収まるところを知らないのだろう。
俺といのはとっくに食べ終えていると言うのに、チョウジはまだ肉を頼む気でいる。
もう、そんな光景も見慣れたもので、囃し立てるも咎めるもしない。
「あー、わかったわかった。今度な。今度会ったらな。」
「絶対だよシカマル。」
「はいはい。」
めんどくせーな。
狐狸妖怪の類に分類されるであろうあの黒い狐とは、また顔を合わせることになりそうな予感はしている。
昨夜、結局数の合わなかった鹿は見つからなかったからだ。
今夜もまた山へ入らなければならない。そう思うと憂鬱でならなかった。