第12章 黒髪の 乱れも知らず うちふせば まづかきやりし 人ぞ恋しき
むぐむぐ。と次に捻り出す言葉を口の中で噛み分けている天狐。
「はは。もういいわ。めんどくせぇ。」
「は?」
「おら、行くぞ。誰かに見られたらたまったもんじゃねぇ。」
「ぅわ。」
真っ直ぐ路地に入るのはいただけない。
俺は天狐をかっさらって姿を消し、ちょっとだけ遠回りしてその休み処へとぬるりと身体を滑り込ませた。
まだ、事情に及ぶ時分には世間的には早いのだろうか。
人の気配は少なかった。
恐る恐るも足を進め、借りた部屋へと入る。
前と同じく鍵を閉め気配を探る。
「天狐?」
「う、うん。」
前とは違い素面の天狐は、入口に立ちつくしたまま固まっている。
俺は慣れたように先に褥に座り、天狐を俺の膝上に来るように呼ぶ。
ずず。と擦り足でこちらに近づいてくる様子は、期待しているようにも、恐れているようにも見えた。
「れ、礼をすると自分で言ったが、これほどに困惑するとは。」
「口は災いの元だからな。言ったことに責任持て。」
急かすようにもう一度膝を叩くと、観念したように胡坐をかいた俺の腹に背を預け座る。
不安げに動く耳が俺の顔を擦りくすぐったい。
以前と同じように弱い蝋燭の明かりが、ぼぅっと天狐をあぶり出す。
「お前、何でそんなにいい匂いすんだ?」
「匂い?いや、香は好んだ事はない。」
「梅の花の匂いだ。」
すんすん。と狐から見たら無いに等しい嗅覚を総動員し、天狐の首筋の匂いをいっぱいに吸う。
「くふ。」
くすぐったさに声を漏らした天狐。
その声がたくさん聞きたくて、最近ふっくらとした腰へと手を滑入らせる。
ぎゅっと身を固くし、声を漏らす。
ふぅん。
やらけぇのも悪くない。