第12章 黒髪の 乱れも知らず うちふせば まづかきやりし 人ぞ恋しき
「いの。いつもの礼じゃ。栗は湯掻いてないから、煮てから食うといい。」
「わぁ、すごい!ありがとう天狐!」
「うむ。美味いぞ!」
いのとサクラの家を回り終えると、上機嫌で俺の手を引っ張る。
「喜ばれるのは嬉しい事じゃの。」
「そうだな。」
「じゃぁ、いつもシカマルにも世話になってるから、何か礼をしよう。」
なにがいい?と聞いてくる天狐。
ふと頭に浮かんだのは、以前こんな夜いかがわしい路地へとこいつを連れ込んだ時のこと。
礼は身体で。という安っぽい科白がぐるりと脳を廻った。
俺は飲んじゃいないが、酒の勢いと言っても過言じゃなかった前回とは違う。
素面だ。
しかも、こちらをあざ笑うかのように、この道はあの時の路地に続く道。
俺も大概馬鹿なようだ。
「シカマルも。耳や尾が付いているかのように解りやすい時もあるのだな。」
そんな天狐の言葉に気が付けば、俺の視線はその路地の方へ向いていた。
そりゃもう言葉なんか無くても、そうしたい。とありありと語ってしまっていた。
じと。とこちらを睨む天狐の目は、汚い物を見るかのような目だ。
やはり酒の勢いがなければあぁはならないのだろうか。
「酒でも、買って帰るか?」
「ふん。あからさまな態度を取っておきながら、それか。」
「あ?」
「可愛くねだって見ればよいのでは?と言ったのだ。ん?」
「あっそう。じゃぁ、お前が俺を誘え。」
「は?礼は何がいい?と聞いたのは私だぞ?」
「俺を誘うのが礼だ。誘って欲しいなぁ。なぁ?」
「ぐ。」
ちょっとからかって見ればこれだ。
俺の先にまわり嵌めてやろうと画策して、自分でそのぬかるみに嵌る。
じたばたともがく様子は間抜けで可愛い。