第12章 心の均衡
吹雪士郎はチームメンバーから離れた場所で、恋人に笑い掛ける少女を見つめていた。唯ひとり遠くから彼女のことを見つめている。自分のトレードマークであるマフラーを強く握り、彼は彼女に視線を寄せていた。月島花織、吹雪は彼女をじっと見つめていた。気付いてほしいと言わんばかりに。
今日の練習試合、吹雪は絶不調の中にあった。というのも、吹雪は自分をコントロールできなくなり始めたのだ。段々と自分の中にある"もう一人の自分"が暴走するようになり始めた。吹雪士郎ではない、彼の分身の様な存在に。
吹雪は士郎としてシュートを打ちたかった。しかしもう一人の自分がそれを譲らない、そして仲間たちももう一人の自分に期待をしているようだった。でもその期待に答えられなかった。仲間たちは目に見えて落胆しているような気がした。いつもの吹雪なら、という言葉を彼に対して投げかけた。
今日の試合は何とかもう一人の自分を抑えてプレーした。そのせいで自分の目指す完璧とは程遠い結果を残してしまった。どうしたらいいのだろう、もう一人の自分に、次は自分が、士郎としてシュートを打つと宣言してみた。実際どうなるかはわからない。
花織さん……。
吹雪士郎は目で助けを乞う。もう一人の自分に気が付いてくれた彼女なら、自分にいつも優しく接してくれる彼女なら、自分を助けてくれるような気がしていた。
それだけではない、彼は花織に助けてほしいと願っていたのだ。
花織さん……。
自分の口からは到底話すことはできない。彼女の恋人の牽制もあるし、何より自分から話をしても理解してもらえないような気がした。だから気づいてほしいのに。じっと視線を花織に注ぎ続ける。花織の視線が時折心配そうに吹雪の方へ向かうが、彼女はさすがに恋人を振り切ってまでは吹雪の元に来てくれない。吹雪は不安げな瞳を静かに伏せる。
僕に気づいて。
誰にもそう言えないで吹雪は座り込んでいた。