第8章 届かない場所
「おい、逃げんじゃねえよ。お前はこっちに来い、鬼道クンの彼女のお前には特別に面白いもんをみせてやるよ」
「違う……っ、離して!」
再び掴まれた腕を引きはがそうと花織は身もがいた。鬼道のことが心配でないわけではない、だが鬼道のことに深入りするような関係では、最早ない。そもそもこの意味の分からない男と一緒に居たいとは思えなかった。こうして拘束されるだけでチームに迷惑が掛かる。
「花織から手を離せ。花織も関係ないだろ!」
それを割る様に風丸がすぐさま不動と花織の間に身体を入れようとする。そして不動を明らかに怒りを露わにした目で見据えて怒鳴る。
「一郎太くん……」
花織が助けを乞うように風丸の方へ視線を向けた。不動はそんな二人を見て怪訝そうな顔をする。不動は風丸に対して花織の肩を抱き寄せ、見せつけるように身体を密着させる。
「はあ?何、お前関係あんの?まあいいや、とりあえず鬼道クンがゾッコンのこの女には用があるんだよ」
「……っ!!」
もがいた花織が不動から離れ、不動が言い終わると同時に不動は空いているほうの手で風丸の肩を渾身の力で突き飛ばした。風丸は不意を突かれて数歩後ずさる。周囲を囲む雷門の選手たちが不安そうに彼らのやり取りを見つめていた。不動は厭味ったらしく笑いながら風丸を見る。
「情けねえな。好きな女にちょっかい掛けられたくらいでピーピー喚きやがって。……お前、そんなんじゃいつか捨てられるだろうよ」
不動は、本当は花織は鬼道ではなく、風丸の恋人であると気づいているようだ。それでも鬼道が花織を好いていることを確信しているから、今の様な態度を貫いているようだ。不動は完全に風丸を見下したような口調で花織を引きずり、潜水艦の中へ進んでいく。
「無事に帰してやるから、大人しく待ってな。……ま、保証はしねえけど」
憎たらしい不動の言葉、だがそれがいとも簡単に風丸の心を抉る。"お前、そんなんじゃいつか捨てられるだろうよ"……今この状況に絶対に言われたくなかった言葉だ。花織を守り通すこともできなくて、何もできないまま他の人間に先を行かれる。さまざまな要因から来る風丸の不安を一瞬で纏め上げた言葉であった。