第12章 婚星(よばいぼし)、君を抱きしめる ✳︎✳︎
七瀬が自分と出会う直前に負ったと言う傷。胡蝶の話によると、それなりに大きなものらしい。
焦茶の双眸を上から覗き込みながら、彼女にそう言った。
“背中”
瞬間、彼女は顔を下に向けてしまった。まだ性急だったか……。「無理はしなくて良い」と、すぐに伝えた。
「綺麗なものではないですよ?」
すると七瀬は、顔を上げながら答えてくれる。
「それは見ても良いと言う事か?」
念の為、もう一度。
確認するように俺は問いかけた。
首をゆっくりと縦に振った彼女は少し時間をかけて、背中をこちらに向けてくれる。
小さく、引き締まった背中が目の前に現れた。確かに胡蝶から聞いていた通り、小さくはない傷だった。
右肩甲骨の下から左下に斜めに走っているもので、長さはおよそ、三十センチ程……と言った所か。赤みはとうに治まっているが、皮膚の表面が全体的にでこぼことしている。
この傷と一緒に刻まれている記憶。それは桐谷くんが亡くなった事だろう。
“……君がこの背中に抱えているものを全部受け止めたい”
俺は右手でその傷痕にゆっくりと触れた。
右上からほんの少しだけ、指で痕を辿った。ピクンと彼女の体が反応し、声も漏れる。
「ん……」
「すまん、痛むか」
「いえ、大丈夫ですよ」
大丈夫なら良いのだが……ふと脳内に疑問が湧く。これを目にした人間は自分以外にいるのか、と。
「七瀬」
「何でしょう」
「この傷をみた者は胡蝶以外にいるか?」
「いいえ」
彼女が首を横に振った瞬間、自分の胸に深い深い安堵の気持ちが湧いた。
良かった ——— 口元に笑みが浮かぶ。