第1章 緋(あけ)と茜の始まり
時間感覚にしておよそ三十分程か。
沢渡少女の涙はまだ出続けていたが、流す量は少なくなって来た。
彼女は恐る恐る双眸を開き、残っていた雫を両の手でしっかりと拭う。
「もう大丈夫か?」
「はい」
しっかりと答えながら、首を縦にふった。俺は小さな頭に乗せていた掌をゆっくり離していく。
名残惜しい気持ちを胸の中にそっと忍ばせながら。
「あの……そこの棚に手鏡って入ってないですか?あったら渡して欲しいのですが」
「ふむ、探してみよう」
寝台の隣に置いてある棚を上から一段ずつ開けていく。
一段目、ない。二段目、ない。三段目を開けた所でようやく目的の物が見つかった。
「あったぞ」
「ありがとうございます」
手鏡を渡すと、彼女は恐る恐ると言った様子で鏡を覗きこむ。
「はあ………予想以上にひどい………」
ひどいとは瞼の腫れの事だろうか。俺から見てもそこが赤くなっているのが見てとれた。
「お岩さんの瞼は免れたから良かったけど」
ん?お岩さんだと?
彼女がため息をつきながら発した言葉に「お岩さん?」と俺は虚を突かれたように問いかけた。
「四谷怪談に出てくる女性ですよ」
「うむ、それは知っている。して君は怪談が好きなのか?」
「いえ……どちらかと言うと苦手なんですけど……」
「では何故、今怪談の話をするのだ?」
沢渡少女は額に手を当てて苦笑いをした後、再び恐る恐る……と言った様子で顔をあげた。
瞬間、焦茶色の双眸と視線が交わった。彼女が先程呟いた理由に合点がいき、確かにお岩さん程ではないと沢渡少女に伝えた。
随分と可愛らしいお岩さんがそこにいた。
彼女は俺の発言にやや驚いた様子であったが、気持ちがほぐれたのだろう。こんな事を問いかけてくる。