第1章 緋(あけ)と茜の始まり
「良かったです。すれ違いになったら申し訳なかったので………あの」
彼女の口元にやや力が入るのが、自分から見てもわかる。
「それで巧の言伝と言うのは………」
「うむ」
一つ頷いた後(のち)、彼女の双眸を真っ直ぐと見て桐谷くんからの言葉を伝えた。
「剣士をやめるなよ………」
「えっ?剣士ですか?」
「ああ」
「そう、ですか………」
沢渡少女はふーっと深呼吸を一つ落とすと、顔を上に向けて天井を見つめた。瞬きが多くなったから涙を堪えているのだろう。
「俺が駆けつけた時には本当に虫の息と言った状態だった。しかしそれでも息を引き取るその時まで、君の事ばかり案じていたぞ」
「そう言う人なんです。いつも人の事ばっかり気にしてくれて……」
「考えても仕方のない事は考えるな」
「え?」
「……と言うのが俺の信条ではあるんだが。恋は簡単に割り切れるものではないのだろうな」
「そうですか?」
「ああ、君を見てるとそう思う」
瞬間、俺は彼女の頭にぽん……と手を乗せてしまう。自分でも驚くぐらいの自然な動作だった。
「大事な人を亡くしたんだ。泣きたい時は思い切り泣いても良いんじゃないか」
……俺は泣かなかった。
いや、泣けなかったのかもしれない。母を亡くした時も、鬼殺隊の仲間を亡くした時も……無論、桐谷くんを亡くした時も。
「うっ………」
彼女はボロボロ涙をこぼしながら。そして嗚咽をもらしながら泣き始めた。
「うっ………ひっく……巧………」
川が決壊してしまったようにとにかく泣き続けている沢渡少女。俺はそのまま彼女の頭を撫でながら、少しでも気持ちが落ち着く事を願う。