第44章 東の緋色(あけいろ)
それから自分の右手を彼女の左手と絡ませ、浴室に向かった。
湯浴みを終えた後は宣言通り、溢れんばかりの労いを七瀬に全身で伝えていく———
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「……夜、明けちゃいますね」
「そうだな」
二人のふれあいはひと段落したが、七瀬は俺の背中に両腕を回し、ぴたりと密着している。左耳を俺の心臓の位置に当てるのはもういつもの事だ。
掛け時計に視線をやると、午前四時三十分を回っている。夏の夜明けは早い。後三十分もすれば太陽が昇り始めるだろう。
「あ!そうだ、杏寿郎さん。外出てみませんか?一緒に見たい物があるんです」
「む?見たい物か?」
七瀬が見たい物とはさて何なのだろう。
「はい! 見て損はないと思いますよ」
「わかった。君がそこまで言うのならば行ってみよう」
瞳を輝かせた彼女は一体何を見せてくれようとしているのか。
裸の俺達は急いで衣服を着て、縁側から庭へと出た。
「良かった!間に合った…あれです、東の空を見てみて下さい」
七瀬が右手人差し指で差した空の先。そこにあった物、それは———
「あれは…星か?」
「はい、金星です。だから正しくは惑星ですね。夜明け前に見えるので、”明けの明星”と呼ばれています」
青紫色の濃い空の中に少しずつ溶け合うように混ざっていく、朝の象徴である曙色。
これは七瀬が先日、自分の唇に塗っていた紅の色だ。
これから沈みかけている月と同じくらい、目立つ光を放つ星がそこに鎮座している。
「太陽が力強い光を見せる為の準備をしている時間帯に、この明けの明星はその姿を見せてくれるんです」
金星は惑星だから、太陽の光を反射して輝いている。
地球のすぐそばにある…そして、分厚い雲に覆われている、という二つ理由から、太陽や月に並ぶほどの輝きを放っているのだが、夜中に見る事はできない。