第44章 東の緋色(あけいろ)
「だって私、まだまだ未熟な人間ですもん。そんな人間が立派な柱であり、自慢の恋人であるあなたを支えるなんておこがましいなあって。実際杏寿郎さんは大きくて重いから、小柄な私ではよろけてしまいます」
「七瀬、冗談が過ぎるぞ」
彼女の頬に当てていた右手を離し、小さな額をゆっくりと小突いた。照れ隠しだとは思うが、それにしても言葉選びがあまり良くない。確かに俺は君より大きいし、重くはあるがな!
「すみません……支える事は難しいのですが、隣で同じ方向は向けます」
「なるほど」
額を指で触れながら、七瀬が話を続ける。さて、ここからどう言った事を伝えてくれるのだろう。
「こうして手を重ねる事も出来ます」
「ふむ」
「それから…」
「それから?」
「………」
「………」
む? 黙ってしまったな、何故だろうか。
俺の両手を包んでいた七瀬の手をゆっくりと離し、その上から今度は自分の両手で彼女の手を包み込んだ。
「こう言う事も……出来ます」
七瀬が目を瞑り、一度口付けをくれた。これはまた可愛い事をしてくれる物だな。
「この先の続きを所望する」
「続き…」
「ああ、それに君を思い切り労うと言ったしな」
だから君からの愛撫が欲しいのだが。気持ちが忙しない俺は待ちきれず、七瀬に口付けをした。
じわりじわりと染み込むような、気持ちのこもった思いと共に。
一回だけ唇を吸う音を響かせ、いつものように彼女の左頬を撫でた後、俺はスッと立ち上がった。
七瀬にそれに続いてその場に立つ。
「湯浴みをする」
「はい、じゃあ用意しますね!」
にっこりと笑顔になった彼女は浴室に向かう為、体をそちらの方に向に向けた。待て待て、そうではなくてだな。素早く七瀬の右手を掴む。
「あの…どうされました?」
「三日ぶりに会った恋人を早く労いたくてな! 共に行こう」