第42章 霞が明けて、八雲は起きる
「私も同じです。杏寿郎さんに凄く嫉妬しています」
「俺にか?」
さて、これはどう言う事なのであろうか。話を聞いてみよう。
「はい……大好きな人に嫉妬するなんておかしな話かもしれません。でも私とあなたは同じ呼吸を使います。自分が時間をかけて編み出した新しい型やその改。それを杏寿郎さんは瞬く間に自分の物にしてしまいます……」
「………」
なるほど、そう言った事か。これはもっと詳しく話を聞いてみたいな。
「うむ、それから?」
興味のある事故に体が前に乗り出す。
「柱と一般隊士では経験値が違うから仕方ない事なんですけど…これがもう悔しくて悔しくてたまりません」
真っ直ぐな視線で俺の目をしっかりと見つめる七瀬は、恋人ではなく、剣士としての思いをぶつけて来た。
「そうか」
彼女の両頬に置いていた掌を七瀬の後頭部に伸ばし、今度は小さな体を包み込むように抱きしめる。
いつでもどんな時でも、こうして真っ直ぐな気持ちを届けてくれる彼女がやはり愛おしい。
「…でも悔しい気持ち以上に、杏寿郎さんの事は同じ呼吸の使い手としてとても尊敬しているんです。あなたの戦う背中にいつも励まされているし、いつも気持ちを奮い立たされています。これは私以外にも同じように感じている人達、たくさんいると思いますよ」
「ありがとう。君にそう思って貰えて、光栄だ」
自分の背中に七瀬の両手が回る。俺は恋人を更に抱きしめた。すると彼女は何故だか俺の背中を撫でる。
「どうした?」
「いつもたくさんの思いを背負っているここを労っているんです」
「そうか」
たくさんの思い、か。
しかし七瀬、君も同じだろう。彼女がしてくれたように、俺も華奢な背中を撫でていく。
小さな背中だが、ここには大きな傷痕と大きな思いが詰まっているのだ。