第42章 霞が明けて、八雲は起きる
「杏寿郎さん、私また無一郎くんと勝負したいです」
「ほう、今日の内にその言葉が聞けるとは思わなかったな!」
よもや、よもや。驚きだ!
しかし、これはとても嬉しい。自然に口角が上がるのが自分でもわかる中、彼女の頭を撫でていく。
「杏寿郎さんともまた勝負したいです…そしていつか勝ちたいです」
「……楽しみにしておく」
時透だけではなく、俺とも勝負したいと言うとは。本当に七瀬を継子にして良かった。更に嬉しくなり、口角が上がった。
「冗談だと思ってます?私、本気ですよ…」
「ああ、わかっている」
口に出した通り、冗談などとは思っていない。ただただ嬉しいだけだ。
「七瀬」
「はい、何でしょう」
「今日の勝負の労いをしたい」
「労いって……あれですか?」
“そうだ”……と言いながら、彼女に口付けた。本当は今すぐにでも労いたい。七瀬を抱きしめたい。
「今夜の任務後、君の部屋に向かう....と言いたい所だが、今日から三日間程県外に行く任務が入ってしまった」
「そうなんですね」
今朝までは見回りだけだったのだがな。頃合いを狙ったように要が任務の変更を伝えて来たのだ。
「じゃあ、自主稽古頑張っておきます」
「うむ、そうしてくれ」
“戻ったら君を思い切り労う”
彼女の右耳に今の正直な思いを伝えた後は、腫れ上がっている両瞼にも口付けの雨を降らせた。もちろん彼女の唇にもだ。
「随分と可愛らしいお岩さんだな」
「十分以上泣き続けていたんです。仕方ないです…」
「あの日もこんな瞼をしていた」
「あの日……?」
「君に初めて会った日だ」
再び腫れ上がっている彼女の両瞼に口付けを落とした。脳裏に七瀬との出会いが蘇る。