第42章 霞が明けて、八雲は起きる
「ほらよゥ」
「不死川…これは?」
葛藤を断ち切るように、目の前に現れたのは ——-
「長友からだァ、持って行ってやれだとよ。ったく、自分で煉獄に渡せつったのに俺に押し付けやがった。とんでもねぇ隠だぜ」
「そうか! 気遣い感謝する! ありがとう、不死川!」
麦茶が乗った小さな盆を風柱からしっかりと受け取った俺は、急ぎ足で七瀬の自室へと向かう。
いかん、いかん。茶をこぼしてしまっては本末転倒だ。歩く速度を少し落としたが、気持ちは急くばかり。
自室の前の縁側で項垂れている七瀬の姿が目に入った。
「七瀬」
「杏寿郎さん…」
「すまん、来てしまった」
「どうして杏寿郎さんが謝るんですか……」
「俺には会いたくなかっただろう?」
「ふふっ…そうですね。会いたくなかったけど、今はもう大丈夫ですよ。長友さんがたくさん励ましてくれました」
やはり彼に頼んで良かった。瞼は赤く腫れてはいるが、笑顔を見せている七瀬にホッとする。
俺が持って来た麦茶をごくっとひと口飲んだ彼女は、ぽつりぽつりと話し出した。
「すみません、負けちゃいました。せっかく鍛錬して下さったのに……」
「それは仕方のない事だ。努力は報われる時ばかりではないからな」
「そうですね……」
「二本目だが、引き分けに持ち込めるとは思っていなかった。陸ノ型の改もだがな。正直驚いたぞ」
「ありがとうございます。コソコソ練習した甲斐がありました」
先程より少しだけ柔らかな笑顔を見せた七瀬は、麦茶を再びゴクリと飲む。
俺が不在の時を狙って鍛錬していた彼女の事は、何となく察していた。知らないふりをするのは性に合わなかったが、貫き通して良かった!
「同じ柱とは言え、時透の事をよく知っているわけではない。だが俺は彼があんなに必死になって戦う姿は初めて見た。七瀬が本気で時透に勝とうとした気持ちが伝わったのではないか?」
「……だと良いんですけどね」