第38章 父と息子の初炎武(えんぶ) 〜二人の炎柱〜
「いや、二本はやらねば」
「杏寿郎、俺は三本でも構わんぞ?」
息子が二本を希望したかと思えば、父は更に一回多い三回でも大丈夫だと発言をする。
杏寿郎と槇寿郎の対決は剣を交える前から、どうやら始まっているようである。
「ふふ、もう戦いが始まってるんだ」
「俺は久しぶりに見れて、とても嬉しいです! 母が元気だった頃、お二人はさつまいもの早食い競争をして……」
さつまいもが大好きな杏寿郎優勢かと思った千寿郎だったが、終盤破竹の勢いで脅威の追い上げを見せた槇寿郎に驚いた。
この時の結果は引き分け。
「兄上も父上も凄く良い表情をされていたんです。今日もその時と同じですね」
「うん、それ凄く想像出来る」
七瀬は千寿郎から以前の勝負の様子を聞き、にっこりと微笑んだ。
今日の杏寿郎と槇寿郎は互いに同じ紺色の道着を着用しており、後ろを向かれてしまうとどちらがどちらか、見間違うような様相である。
二人が何本勝負にするか話している間に、空へ雲が増えて来てしまい、天気の崩れを懸念した槇寿郎が「一本にするぞ」と落ち着いた声色で、杏寿郎へ声をかけた。
今の時刻は午後一時半を回った所だ。
夏のこの時期は高気圧に覆われて暑いが、夕方が近づくにつれて雨が降ってしまう事も少なくはない。
「少し涼しくなって来ましたね」
「うん、そうだね。でも私達がいるここはとっても暑くなりそうだけど」
千寿郎が天気を懸念する中、七瀬は己の師範と先代の炎柱の二人に視線をやった。
『二人が手合わせするの、ずっと見たかったんだよね。嬉しいな』
杏寿郎と槇寿郎は向かい合うと七瀬の声かけにより、同時に木刀を構える。
同じ髪色、同じ瞳の色。【炎柱】の雅号を名乗っている、過去に名乗っていた二人。
「お二人の内、どちらかが一本を取った時点で終了。これで良いんですよね?」
槇寿郎、杏寿郎の順に視線をやる七瀬に対し、同じ頃合いで頷く二人。
「それでは始めます」
ジジジジ……とアブラゼミの鳴き声がミンミンゼミの鳴き声をわずかに上回る中、親子対決が開始した。