第37章 夏の小江戸へ君を連れて
そのまましばしの時間が過ぎた。
普段は迷いなく発する言葉が出ないと言う感覚が久しぶりなので、どうしたら良い物か。
七瀬も俺が黙ってしまった事に疑問を持っているのだろう。言葉を発さずにいる。ゆっくり思考を巡らせていると、自分の口からようやく言葉が出た。
「七瀬は冬の太陽だな」
「え? 冬ですか?」
「ああ」
一年で一番気温が下がる季節に出て来る太陽は、夏のように強い日差しでもなければ、春のような穏やかさもあまり感じられない。
夏から秋のように日差しが柔らかくなると言う事もないように思う。
しかしだ!
「雪はたくさん降ると屋根や庭、それから道にも積もってしまうだろう?翌日になると凍結してしまう事もある」
「そうですね…。気をつけて歩かないと滑ってしまいます」
「あるのか? 滑った事が」
そうなの、か。
「はい、小さな時ですけど。雪が降って嬉しくてはしゃいでいたらツルっと…」
「そうか…」
今も小柄な彼女だが、幼少期の更に小さな姿を想像した俺は、思わず含み笑いをしてしまう。静かに泣くのではなく、ワンワンと大きな声で泣いていたのだろうか。
「ああ、すまない。きっとそんな君もかわいかったのだろうなと思うとつい、な」
ややブスッとした顔をした恋人の頭をよしよしと撫でる。七瀬には悪いが、本当にこの顔が俺は好きなのだ。
「話を戻そう。積もった雪や凍結した場所…それらを溶かすのは太陽だろう? 今はお元気になられたが、以前の父上は心になかなか溶けない雪が積もっていた…そんな状態だったように思う」
「そう…ですね」
よし、表情が少し和らいだな。ここから更に軌道修正だ!
「そんな父上の心を溶かし、再び炎を灯してくれたのは七瀬…君だ。俺は本当に感謝している。父、千寿郎、そして七瀬と共に過ごせる毎日がとても幸せだ。ありがとう」
「いえ、こちらこそ……そんな風に言って頂いて…ありがとうございます…」
瞳を閉じて俯いた七瀬の表情はあまり見えない。
しかし、悲しさは感じていないはずだ。