第37章 夏の小江戸へ君を連れて
「俺と七瀬は時の鐘に向かうが、君達はどうする?」
「絵馬に願い事を書き忘れたので、俺達はまた神社に戻ろうと思います」
ふむ、そうなのか!
二人に挨拶をし、俺と七瀬は鐘楼(しょうろう)へ。少年と少女は氷川神社へそれぞれ向かう事になった。
「ありがとうございます。連れて行って下さって。とても美味しかったし、楽しい時間が過ごせました」
歩き始めた俺達。七瀬が先程の礼を伝えてくれた。
それは良かった —— と伝えようとしたが、彼女の塗り直した紅が自分の視界に真っ直ぐ入る。
トクン、と心地よい感覚がした。自分の鼓動がやや強めに跳ねた瞬間だ。口付けたい衝動にかられ、辺りに視線をやり始めた。
どこか —— どこかないか。
すると目当ての場所を見つける事が出来、高揚感が自然と足取りを速くした。俺が彼女を連れて来た場所は建物と建物の間の路地だ。
「杏寿郎さん? ん……」
前を向いていた俺だが、後ろを振り向き、七瀬へ温かな口づけを降らせた。これがしたくてたまらなかったのだ。
「春はあけぼの…と言うようだが、夏の曙も俺は好きだ」
「ふふ、清少納言ですね。枕草子」
【春は夜明けが趣があっていい】と言う意味だったか。
彼女の唇を色づかせている、夜明けを思わせる曙色。右の親指で一度なぞり、再度柔らかな口付けを一つ落とす。
「杏寿郎さん、また紅の色が移ってますよ…」
「そうか」
七瀬は先程塗り直したばかりだ。それは移るだろう。
慌てる事なく、己の唇を右手親指でそっと拭う。そこには曙色の紅がきらきらと光を放っていた。
「私の色、落ちてませんか?さっき塗り直したばかりなんですけど…」
「大丈夫だ」
この後も七瀬の唇を掠め取るような接吻を、そっとゆっくり落とす。