第37章 夏の小江戸へ君を連れて
「あなたがお店に入って来た瞬間、槇寿郎さんかと思ったよ。聞いてはいたけど、煉獄家の男性の遺伝子は凄いねぇ」
未菜子さんは俺に向けてそう言った後「気に障ったならごめんね…」と謝罪をして来た。
今彼女が口にしたように、煉獄家の男子は特徴的な髪と瞳を持ってこの世に生を受ける。
故に好奇な心を隠そうとせず、遠慮なしに観察される事が多いのだ。
「ありがとうございます!慣れている…と言うのもおかしな事かもしれませんが…あなたからはそう言う好奇のようなものは全く感じられないので大丈夫です」
「流石、煉獄家の男子は逞しいねぇ。所で槇寿郎さんと瑠火さんはお元気なの?半年に一度は必ずいらっしゃっていたのだけど、ここ十年…十五年?かしら。お顔を見てないのよ……」
彼女の心配そうな問いかけに、ほんの一瞬だけ言葉を出すのをためらったが、本当に気にかけてくれているのがよく伝わって来た。
俺は現状を隠す事なく、ありのままを話していく。
「そう…瑠火さんの事はとても残念。お体があまり強くないとは話されていたけれど…。でも槇寿郎さんはお元気になられたのね! そこは私も安心だわ」
未菜子さんは涙を少しだけ流した後、指先で雫を拭うと、にっこりと俺達に笑顔を見せてくれた。
本当に…父と母に良くしてくれていたのだな。
「あ、長々とごめんね。お食事冷めちゃうわね。それじゃあまた後で声かけて下さい」
ハッと思い直し、頭を下げた女将は、厨房に早足で戻っていった。
「すみません、私も何だかもらい泣きしちゃいそうでした……」
隣に座っている七瀬が、目元を押さえながら話しかけて来る。ほんのりとあたたかな気持ちが胸の中をじわりと満たしていく。
すると —— 向かい側の席から鼻を強烈に啜る音が響いた。
「うっ…うっ…ぐすっ…」
視線を向けると、竈門少年が体をひくひくさせながら涙を流している。