第34章 八雲心炎、燃ゆる立つ
『よく晴れてる……』
七瀬は庭に大の字になり、視界に入る空を見上げていた。
そこへ「大事ないか?」と彼女の真上から覗き込んでくるのは、杏寿郎だ。
「はい」
七瀬はゆっくりと体を起こし、杏寿郎から手拭いを受け取る。額を拭うと汗と共に付着したのは、僅かな土汚れだ。
ふう —— と長をはくと、彼女は口を開く。
「やっぱり杏寿郎さんは強いです、完敗ですよ」
「師匠が弟子に簡単に負けるわけにはいかないからな」
師弟の二人は前回の勝負が終わった時と同じやりとりをすると、杏寿郎は七瀬の頭をポンと一回撫でた。
「兄上、七瀬さん! お疲れさまでした! どうぞ、お水です」
そこへやって来たのは千寿郎。
彼は顔をパッと明るく輝かせ、二人の側へ駆け寄る。その後ろに見えるのは槇寿郎だ。
「二人共お疲れ様。とても良い勝負だった」
「ありがとうございます、父上」
「……槇寿郎さん、ありがとうございます……私はまだまだです。それでも先代の炎柱にそう言って頂けて……とても光栄です」
七瀬は二度目の勝負も、杏寿郎に負けてしまったのであった。
★
あれから湯浴みを済ませ、昼食を済ませ、着替えを済ませた七瀬は自室でいつもの記録帳に書き込みをしている。
記入しているのはもちろん、杏寿郎との勝負の事だ。
それから互いに使用した捌ノ型についても。
そこへ襖の外から七瀬の名前を呼ぶ声が聞こえた。声をかけたのは杏寿郎である。
「今、いいか?」
「はい、大丈夫です」
彼を部屋に招き入れると、ニコリと笑った杏寿郎に七瀬は優しく抱き寄せられた。
「どう……したんですか?」
やや驚いたものの、彼女は大きな彼の背中にいつも通り両手を回すと、左耳を杏寿郎の心臓の位置に寄り添うようにあてる。