第34章 八雲心炎、燃ゆる立つ
「杏寿郎、一本!」
槇寿郎の声が庭に大きく響いた。七瀬が両手に持っていた木刀は彼女の右後方に転がっている。
「しのぶさんとの勝負の時に私が使った戦法ですか…」
肩で息をする七瀬に向かって、ああそうだ…と杏寿郎は応えた。
打つ ——— と見せかけて一度自分の動きの拍子をずらす。
七瀬はこの戦法で蟲柱の動きを迷わせ、一本を取った。
それを今回炎柱にやられてしまった。
受けた方の戸惑いはこんな感じなのか。彼女はしみじみと実感していた。
はあ……と深く息を吐き出し、呼吸を整えた七瀬は先程と同じように、千寿郎から水を渡される。
「兄上、さすがですよね。でも俺はその兄上に対応出来ている七瀬さんも凄いと思います!」
「千寿郎くんありがとう。もう涙出そうなぐらい嬉しいよ……」
目頭を潤ませた彼女は再び考えを巡らせていく。
次が最後。しかし、杏寿郎はまだ炎虎を放っていない。
前回の対戦時、七瀬は伍ノ型に上手く対応出来ず、捻挫をした。故に炎柱の伍ノ型に対し、恐怖心がある。
それでも向かっていかなければ、師範の杏寿郎に勝つ事はきっと出来ない。
双頭の炎虎は炎虎単体には威力が及ばない。
水の呼吸最大にして最強の型 —— 生生流転でさえ、杏寿郎の紅い虎に仕留められてしまった。
どうすれば彼の剣技に対応出来るのか。
『同じ炎虎で対応?…いや、私自身が苦手とする型だもの。杏寿郎さんの得意技にぶつけても勝ち目は…』
七瀬が思考の堂々巡りをしていると「三本目行くぞ!」と槇寿郎の声が再び庭に響いた。