第34章 八雲心炎、燃ゆる立つ
「杏寿郎さんに初めて負けなかった……」
七瀬は信じられない思いで、胸がいっぱいだった。
九ヶ月前の初対戦より速く動けるようになった。一ヶ月前から再度タンパク質を含んだ食材を使用し、食事を作っていた。
それを毎日のように摂取し続ける事で、筋力増加の為の骨組みが出来た。
嬉しい事だ。しかし、彼女の相手は鬼殺隊最強の剣士の一人である炎柱。これで終わるはずがない。
先程杏寿郎が放った漆ノ型 —— 実際に型として放ったのはあれが初めてのはずだ。だから相殺で済んだのもあるのだろう。
七瀬は先程の勝負を振りかえりながら、分析をしていた。
能ある鷹は爪を隠すと言う。
杏寿郎は獅子のように猛々しい部分もある剣士 ——彼女はそんな事も考えていた。
自身の筋力も上がった。しかし師範である彼の筋力も上がっていた。呼吸を使用した杏寿郎の太刀は相変わらず重く、七瀬の両腕には、その痺れがやや残っている。
まだまだ見せていない鬣(たてがみ)がある。それはきっと二本目で表出するのではないか。
「七瀬さん、お疲れさまです。はい、これどうぞ」
手拭いで顔を拭いていた彼女に、千寿郎は竹筒に入った水を渡した。七瀬は彼に「ありがとう」と礼を伝え、ゴクゴク…と勢いよく飲んでいく。
一方、杏寿郎はと言うと ———
『一本目は引き分けで終わった。七瀬が継子になって自分に勝てた事はただの一度もない。娯楽のかるたさえもだ。しかし……今日は勝手が違ったな!!』
初めて彼女は師範の杏寿郎に負けなかった。初めて、と言う事実はなかなかに重い。彼の胸中には【嬉しい】と言う感情が浮かんでいる。
毎日のように剣を交え、時には呼吸について意見を交換し、師範と継子の二人は技を磨き合って来た。
七瀬と杏寿郎は同じ炎の呼吸を使用するが、色々と違いがある。まずわかりやすい例として、一番に挙げられるのは男と女と言う性の違いだろうか。