第33章 不機嫌な八雲にカステラを
「杏寿郎さん、ダメですよ、そう言う事しても」
「困ったな…」
そんな言葉と一緒に、今度は左頬をゆっくりと包む。七瀬はこうされるのがとても好きだ。俺も彼女にするこの仕草が気に入っている。
「どうしたら…君の機嫌が直る?」
「そうですね……」
滑らかな左頬を撫でても、俺の胸に当たっている右手を撫でても殆ど反応しない恋人。
むむむ、これは相当に機嫌が悪いようだ。ならば!! 奥の手を出すとしよう。
「文明堂のカステラ」
どうだ!! これでも君は反応しないのか?
「………?」
「うむ、やはり反応したな!」
よしよし、さすがは七瀬の大好物だ。何せ猪頭少年とカステラを巡って、大乱闘になるぐらいだからな。
「もしかして……?」
「ああ!買って来たぞ!」
「あの、杏寿郎さん。すみません……」
「ん?どうした?気に入らなかったか?」
「いえ、そうではなくて………」
気に入らないと言うのであれば、どんな理由なのだろうか。
七瀬から事情が話されていく。
「そうか、もう食べてしまったのか…」
「すみません。まさか三人の所にあるなんて思わなかったので」
「猪頭少年の目の付け所は凄いな」
「そうですね。びっくりしました。でも本当に美味しかったので、杏寿郎さんとも食べたいなあって思ってたんです。だから買って来て下さった事、とても嬉しいです」
ありがとうございます…と礼を伝えてくれた七瀬は、右手で俺の左手をそっと絡めてくれた。
「実は蝶屋敷でも、同じカステラを頂いたんです。私がきっと食べたいだろうからって。だから買って来て下さったカステラは二人で食べたいなあって思うんですけど、いかがですか?」
「うむ、そう言う事なら是非ともお願いしたい」
今、この家には同じ店のカステラが二つある。しかし、俺が買ったカステラを共に食べたいと言う彼女。
そんな七瀬が本当に愛おしくて、唇に触れるだけの口付けを届ける。