第33章 不機嫌な八雲にカステラを
とある一日の昼下がり、夜通しかかった任務から自宅へ帰って来た。玄関に入ると父と弟の履き物は見当たらないが、七瀬の草履はある。
今、帰った!—— と声をかけてみるが彼女が出て来ない。
ふむ、湯浴みか? であれば納得だ。昼食は済ませて来たので、浴室へ行ってみよう。
しかし、彼女の姿はなかった。
……これは一体どう言う事なのか? 今は湯浴みをするより、七瀬の顔が見たい。
そんなわけで、俺は彼女の自室へと向かってみた。
襖を軽く叩き、入室の有無を問うてみると中から「はい」と声が聞こえた後、スッと襖が開いた。
何だ、いるのではないか。
これはあれか! 記録帳を記入していたのだな! であれば、自分の声が聞こえなかったのは無理もない。
あれを書いている時の七瀬は、集中しすぎて周囲の音をあまり認識出来ないからな。
「ただいま、七瀬。早かったのだな!」
いつもの調子で帰宅の挨拶をした。
しかし無情にも目の前の襖がスパン —— と小気味良い音をたてながら閉められてしまう。
珍しい事もある物だな。俺は構わずに再び襖を開ける。
「どうした?」
「………」
しかし、彼女はこちらに無言で背中を向けてしまう。
そうか……機嫌が良くないのか。理由は何だ? 脳が思案を始める中、七瀬の口から言葉が発せられていく。
「……しのぶさんに見られました。昨日の……赤い…」
一瞬だけ俺達二人の間に流れる沈黙。
赤い…赤い…さて何の事を言っている? 瞬時に答えが思い浮かぶ。
「そうか」
胡蝶にとうとう見られたか。
ふっと笑った後は特に動揺する事なく、彼女を後ろからぎゅうと抱きしめた ——が、七瀬はスルリと抜け出してしまう。
「もう……身体中の血液が沸騰するんじゃないかってぐらい、恥ずかしかったんですよ」
右掌で俺の胸をパン、と軽く叩く恋人が何とも可愛らしい。
小さな右手の上から、自分の左手をそうっと重ねてみると ——