第29章 褒められ日和に、橙が咲く ✳︎✳︎
今日もよく動いた! 気持ちは晴れやかだ。
「はい、手ぬぐいどうぞ」
「ああ、ありがとう」
先に縁側に座っていた七瀬の隣に腰掛け、受け取った手拭いで首や額を拭いた。程よく湿りを増す手拭いを裏返し、もう一度同じ事をすると、ようやく汗が首と額から引く。
「では頼む」
「はい」
右手を彼女に差し出す。
小さな左掌に受け止められ、薬指を除いた四本の爪の両脇がほぐしされていく。
痛くもなく、こそばゆくもない。実に丁度良い力加減だ。
「左手お願いします」
「うむ」
続けて彼女の右掌に左手を乗せれば、同じように薬指を除いた爪の両脇がほぐされていく。
「はい、終わりです!」
「ありがとう。とてもスッキリした!…ん?七瀬?どうした…」
何故手を離してくれないのだろうか。
気分はもちろん悪くないが、それがしばらく続いてしまうと気になってしまう。
俺が礼と共に疑問を投げかけると、恋人は…。
「杏寿郎さんの手はやっぱり綺麗だなあって思って見ていました」
「綺麗…か?」
想定外の事を言われたので、思考がやや追いつかない。
「指も長いし、爪の形もとても綺麗です」
「ふむ……君にそう言ってもらえるのは悪くないな」
とは言え、七瀬から褒めてもらった事には変わりない。自然と口元に笑みが生まれた。
しかし、だ。
「塗らないぞ」
「え、塗らないって……?」
「爪紅は塗らないぞ、と言う意味だ」
「私、何も言ってませんけど…」
「君は本当に考えている事が顔に出るな…そう言う所がたまらなくかわいい」
空いている右手で、彼女の左頬をそっと包む。
そのままゆっくりと撫でれば、心地が良さそうに笑顔を見せてくれた。