第27章 よもやのわらび餅
「指導もなかなか上手だった」
「ありがとうございます…杏寿郎さんがいつも上手に教えてくれるお陰だと思います」
「そうか?」
「はい!」
そして彼女の頭を撫でると、ふわっと口角に笑みを浮かべる七瀬だ。
「しかし……わらび餅から型を思いつくとは…」
「そうですね。私もわらび餅から閃くとは思いませんでした」
でも —— 新しい事を思いつく時とは、日常のふとした所から湧いてくるのかもしれない。
彼女が発した言葉にそうだなと返答した所で、指導や稽古の見直しを含んだ記述が終わったようだ。
パタンと記録帳を閉じ、それから横にいる俺へと自分の体を向けた。
「どうした?」
「後でじっくり見せて欲しいって言ってくれたから」
後でじっくり……そうだ、確かに言った。
俺の目の前に現れたのは、彼女の両手の爪に乗せられている紅だ。
「ああ、見せてくれ」
華奢な指先を持ち上げ、自分に近づける。綺麗な色で、七瀬によく似合っていると告げると、礼を言われた後にこの色を塗るのはとても勇気がいる。
何とも意外な事を伝えて来たのだ。
「そうなのか?」
「はい……」
緋色は鮮やかで力強い色。故に心が元気な時に爪に乗せたいと告げる彼女だ。
「八雲の羽織も青柳色で明るい色だけど寒色系ですし、普段の着物も橙色はあるけど、基本的に私の服は落ち着いた色ばかりなので。だから勇気が必要なんです」
「………」
勇気か。
じっと彼女の爪紅を見つめると、また愛おしい気持ちが湧き上がった。そこに再度口付けを落として ———
「勇気を出して塗ってくれてありがとう。本当に嬉しい」
「いえ…。杏寿郎さんの為なら、私いつだって勇気は出せますから……」
恋人冥利に尽きる言葉だ。顎を取り、流れるように彼女の唇へ触れた。
「ん……」
「任務前にあまりそう言う事は言わないでくれ」
「え…?」
両頬を包み込むと、心地よい肌触りが自分の掌に染み渡る。両目の奥に柔らかい炎が灯った気がした。