第27章 よもやのわらび餅
「すみません、私はもうやめておきます。あんみつも食べて来たから、お腹いっぱいで…夕ご飯が入りそうにないので、後は皆さんでお願い出来ますか?」
前で食べていた七瀬が、腹に手を当てながら俺達に言った。
父、千寿郎、そして自分の三人が了承の返答をすると、茶を淹れて来る —— 席を立って厨(くりや)に彼女は向かった。
口に入れているわらび餅を全て食し、二人に厨に行くと断りを入れる。かなり苦しそうだったが、大事ないだろうか。
やかんの中の水が沸騰した音を聴きながら、俺は彼女の後ろから声をかけた。
「七瀬、苦しくないか?」
振り向いた彼女の腹に自分の掌を当ててみる。引き締まった腹部には変わりないが、念の為そんな質問をした。
「ありがとうございます。大丈夫ですよ」
「ならば良かった」
「それと……」
「ん……?」
自宅に帰って来た時から、気になっていた事がある。それを確かめるべく、七瀬の両手をそっと持ち上げてみれば ———
「思いがけず、早く見れて嬉しい」
「……気づいていたんですね」
「いつも君を見ているんだ、気づかないわけがないだろう」
少し目を丸くしながら、自分を見る七瀬が愛らしい。そう、俺はいつだって彼女の一挙手一投足が気になるのだ。
視線の先には両手の爪に乗せられた十個の緋色がある。そこへ触れるだけの口付けをそっと落とせば、七瀬の顔に笑みが宿った様子が見ずとも把握出来た。
「後でまたじっくり見せてくれ」
「……はい」
朱色に近い色に染まった彼女の表情に満足した俺は、二人で居間へ再び向かう。
何故爪紅を塗っているのか。理由は不明だが、きっとそれは自分にとって都合の良い事なのだろう。