第1章 緋(あけ)と茜の始まり
「俺の……恋人……なんです……名前は……」
“沢渡七瀬”それが彼女の名前らしい。
「彼女に……剣士を…やめるな……と。伝えてください……」
「了解した、責任を持って伝えよう。君はもう……」
———— 喋るな
そう伝えようとすると、彼は更に言葉を続けた。
「これは俺の……独り言だと……思って……聞き流してくれて………構いません」
「…………」
「一緒にいれなくて……ごめん………もし好きな人が………この先出来て………その人と思いが………通じたら……」
「世界で一番……幸せに……なって………く……れ……」
彼は最後の力を振り絞って言うと、静かに息を引き取る。
『世界一幸せに、か』
ふと空を見上げると、黄金の満月が高く浮かんでいた。
厳かで静かな夜にまた仲間の命が散り、久しぶりに加入するはずだった柱の称号を俺は口にする。
「鳴柱」
「……」
返答は当然ない。胸がぎゅっと詰まるような気持ちが濁流のように流れこんで来た。
『俺、炎柱のようになりたいんです』
あれはいつだったか……そうだ、彼と仲が良かった吉沢くんが亡くなった日にそう言われたのだ。
「鳴柱……!」
「………」
桐谷くんをそう呼ぶ事はもう永遠に出来ない。ならばせめて今だけは。
「君を鳴柱と呼ばせてくれ」
俺は隠が到着するまで彼の —— 同僚になるはずだった男の側から動けなかった。
★
それから五日後、沢渡七瀬がそろそろ目を覚ますだろうと胡蝶が文で知らせて来た。よし、では行くとしよう。
俺は任務前に蝶屋敷へ立ち寄る事にした。
「こんにちは、煉獄さん。七瀬さんは先程目を覚ましたようですよ」
到着するなり、胡蝶が俺の姿を捉えると柔らかく声をかけてくれる。
「そうか、訪ねても問題ないか?」
「ええ、構いませんよ。こちらです」