第26章 七十ニ時間分の恋慕 ✳︎✳︎
✳︎七瀬から見た景色✳︎
再度 —— 顔を杏寿郎さんに向けると、顎をくいっと掴まれる。
互いの視線が交わった。彼の日輪の双眸が燃え始めている。
「七瀬……」
自分の名前を呼ばれると、三日分の愛情である始まりの合図が唇に届く。
「ん、杏寿郎さ……苦し、もっとやさし……く…」
「すまん、もう今日は余裕が……」
さっきのような優しく啄む口付けではなく、今度はいきなり激しく吸いつかれた。肩も大きな両手でがっしりと掴まれている。
「はあ、んっ…」
歯列をなぞられる。とても速く。苦しい……!彼の肩を平手で叩くが、全く効き目がない。ん、ならこれなら ———
本当に本当に申し訳ないけど、彼の頬を一度グイッとつねった。少しだけ強めに。
「んっ……」
唇同士の距離が一瞬だけ出来た隙に私は彼から体を離し「……落ち着いて下さい」と声をかけた。
「こうさせたのは私にも責任がありますけど…」
彼の大きな体をそっと抱きしめ、それから広く逞しい背中をゆっくり撫で始めていく。
「でもやっぱり杏寿郎さんと触れあう時間はいつだって大事にしたいです。だから………いつものあなたが良いです」
そのまま彼の背中を撫で続けた。ほんの数分間だけど、続けていく内に杏寿郎さんの体から少し力が抜けた気がする。
「………」
「ごめんなさい、痛かったですよね」
背中に回していた手を、彼の両頬にそっとあてた。そしてつねってしまった頬をゆっくりと撫でていくと、彼の瞳には落ち着きが戻る。
「いや、大事ない……すまんな」
「いえ……」
「七瀬」
杏寿郎さんが私の両手を自分の頬からゆっくり外すと、近くの壁に優しく押し付けた。
「改めて、三日分を受け取ってもらえるか?」
私を見つめる二つの日輪が再び燃え始める。けれど、さっきより随分と穏やかな炎だ。
「はい」
返事をすると、彼が自分の両手を私の両手に絡めて来る。そっと握り返せば、ゆっくりと優しく唇を当てられた。