第5章 君は継子で、俺は師範
——— 困った。俺ばかりが勝ってしまう。
これでは稽古にならん。
先程三回道場に響いた物は、全て自分が彼女の右手をちゃぶ台に打ちつけた音である。
男女の力の差、と言う物は多少はあるだろう。しかし女子の中には甘露寺のように力が強力な人間もいる。
剣術に限らず、武道と呼ばれるものは強度、技術、速度と言った3つの要素がどれだけ習熟しているか。
これは強さを図る一つの基準になるのではないだろうか。
剣術に当てはめると、剣圧、剣技、剣速。
沢渡は速さと技術は及第点だが、力がそこまで強くない。故に積極的な攻撃と言うのがあまり得意ではないようだ。
水の呼吸は攻撃的な炎の呼吸と違い、基本的に受けの型と聞く。
バタン!
再度、彼女の右手を打ち付けた。
「また俺の勝ちか。これで何勝目だ?」
「……ちょうど三百だと思います」
継子は痺れる右手をさすりながら、半泣きになって俺に答える。
「うむ、ちょうどキリが良いな。ではこれから庭に出て再度、地稽古といこう」
沢渡の顔がサアっと青ざめた。何かおかしな事を言っただろうか?
「え……打ち込みや掛かりでなくて、地稽古なんですか…」
「ああ。その状態で君がどこまで攻めれるか、一度見ておきたい。行くぞ」
俺はそれだけ伝えると、スッと立ち上がり庭に向けて歩き出す。後ろからハア……と重い溜息が聞こえるが、これしきの事で音を上げてもらっては困る。
気分を切り替え、すっきりとした顔で庭に現れた彼女。しかし、俺の突きによって一瞬で気絶してしまった。
「沢渡、大事ないか?」
仰向けに寝転び、目を瞑っている彼女に何度か声をかけたが全く目覚めない。
それから五分経っても起きないので、これ以上の稽古は無理だと判断した俺は弟を呼び、沢渡の部屋に布団を敷くよう頼む。