第26章 七十ニ時間分の恋慕 ✳︎✳︎

「指も綺麗だ」

「そ……ありがとうございます」

形の良い爪は艶々と薄い桃色。こんな所も本当にかわいらしい。
先程とは違い、素直にお礼を口に出してくれた。

「初めて二人で出かけた時、爪紅を塗っていただろう？ また共に出かける時に塗ってくれると嬉しい。君によく似合っていた」

俺は彼女の指と爪を一つ一つ、確かめるように触っていく。

「……はい」

「次は……」

「どうしたんですか？」

ほんの少し間を置いて、彼女にこう伝える。


「鮮やかな赤い爪紅が見たい」

「ふふっ、わかりました」

君が笑うと、俺も笑顔になれる。


「杏寿郎さんもまた１つ結びにしてくださいね？とてもかっこいいので」

「承知した」

ここまで言ってくれるなら、結ぶ機会を増やすのも良いな。


「杏寿郎さん、しのぶさんに先日教えてもらったんですけど」

「なんだ？」


さて、胡蝶……君は七瀬に何を教えた？

「爪の脇ってツボがあるらしくて。自立神経を整えてくれるようです」

「ほう」

ツボ、と来たか……。思いがけない単語が出て、やや驚いてしまう。もちろん良い意味だ。


「先程の香油のお礼をさせて下さい」

「お礼など良いのだが。だがせっかくの申し出だ……頼む」

「はい！」

彼女は俺の右手を自分の掌に乗せ、親指と人差し指で、俺の爪の両脇をつまんで一本一本押しほぐしていく。右手が終わったら左手も同様にやってくれた。


「はい、終わりです」

「うむ。確かに気持ちがすっきりしたぞ。ありがとう」

そう言うと、俺の左手をゆっくり離していく。しかし、何故この指だけしなかったのか…？

「なぜ薬指はしなかったんだ？」

「ああ、そう思ってしまいますよね。薬指を刺激すると、確か心身が興奮状態になってしまうんだそうですよ」


興奮状態………自分の心にある思いがほんのりと、灯った。