第25章 緋(あけ)と茜、初めての喧嘩
「実はな」
「どうしたんですか?」
「うむ……」
彼女の背中に回した両腕に更に力を加える。これを伝えるのに随分と遠回りをしてしまった。
「君に何か贈り物を……と思って、彼女に聞いてみたんだ」
「え?」
見開かれる七瀬の双眸は驚きに満ちている。この顔を見たくて起こした行動が、ここまで絡み合ってしまうとは……よもやよもやだ。
「俺はこういう事に本当に疎くてな。自分一人で考えてみても全く良い案が浮かばなかった……故に君と仲が良い藍沢少女なら、と思って話をした」
「そうだったんですか……私を驚かせようと思っていたから言い出せなかったんですね?」
「ご名答」
彼女が改めて俺を抱きしめてくれる。密着している七瀬の体から馴染みがある匂いが鼻腔に届いた。
この香りも久しぶりだな。
「それで、何にするか決まったんですか?」
「ああ」
一旦彼女を自分から離し、懐に入れてある物を七瀬の右掌に置いた。
「これ、香油?」
ちょうど彼女の掌に収まる大きさの茶色のガラス瓶で、小さな物だ。たったこれだけの事なのに三日もかかってしまうとは…本当に辿りつくまでが長かった。
「柑橘系の匂いがします。爽やかな香りですね」
「異国の言葉でシトラス、と言うそうだ。肌にも髪にも使用出来るらしいな?」
「ええ。気分を変えたい時にたまに使ったりするんです。そうそう、私、彼女に香油の事を教えてもらったんでした」
今、思い出した ——— そう俺に話してくれる恋人はすっかりいつもの七瀬だ。
「うむ!それを彼女から聞いた故、香油にした」
「ふふ、そうだったんですね。せっかくだからつけてみても良いですか?」
「ああ、そうしてほしい」
恋人が瓶の蓋を開けると、爽やかな柑橘系の香りが二人の間で香る。にっこりと笑みを浮かべながら毛先に馴染ませる七瀬が愛い!!