第25章 緋(あけ)と茜、初めての喧嘩
「君からの大嫌いと言う言葉はかなり堪えた」
何せ今まで生きて来た中で、一度も言われた事がない言葉だ。初めて、と言う事実は何でも戸惑う物だと思う。
大切にしている恋人から言われる言葉。それは自分が考えている以上に心を抉られた。
「どう言う態度を取れば良いか戸惑った。故に、君に嫌な思いをさせた」
何も言わない彼女だ。これは相当に深く傷を与えてしまったか。
「七瀬?」
君の顔が見たい。
俺を嫌だと思っていても良い。そんな事を考えながら顔を覗きこんでみると ———
一旦目を瞑った彼女が少し時間を置き、顔をゆっくりと上げる。先程と違い、普段と同じように俺と視線を合わせてくれた。しっかりと。
「今回の事でよくわかりました」
「何がだ?」
涙はもう止まっている。白目はまだ充血しているが、そこに浮かぶ感情は穏やかだ。
「杏寿郎さんと会話する事って私の当たり前になっているんだなあって」
「当たり前、か?」
これは俺もだな……三日間だけだったが、君と会話が出来ないと彩りがほとんど感じられなかった。
「はい……当たり前がなくなるのって、心が抉られる事なんですね」
………! 七瀬……!
気づけば彼女の唇に口付けていた。君が大好きだ。この気持ちをめいいっぱいに込め、あたたかなそこへ愛撫を施した。
ゆっくりと唇を離す。すると華奢な両腕が俺の背中に回り、ぎゅっと抱きしめられる。
とてもあたたかい抱擁だ。体と心が満たされていく。俺も君にこうしても良いか?
無言の問いかけをしながら、恋人の背中にゆっくりと両腕を回した。七瀬が自分の中でこんなに大きな存在になっているとはな。
無論いつも俺の近くにいてくれる事に感謝はしている! それが予想以上だった……と言う話だ。