第25章 緋(あけ)と茜、初めての喧嘩
「七瀬、今いいか?」
五分後、彼女の部屋に着いた俺は襖の外から声をかける。どうか…どうか入らせてくれ! すると「はい、どうぞ」と入室を促す声が中から聞こえた。
逸る気持ちが胸の中に充満しているが、ここで焦ってしまうのは非常に良くない。ふうと短く息を一度吐き、落ち着いて襖を開けた。
こちらを見ず、背中を向けている。
文机の前に座っている彼女は筆を持っていた。どうやら誰かに文をしたためているらしい。
今度は嫌な予感が全身を包んでいく。
「話は出来るだろうか」
「………」
筆を置いた七瀬はゆっくりと、距離を近づけた俺へと体を向けてくれた。しかし顔を見られたくないのか、俯いたままだ。
「………顔を見せてくれ」
「………」
ダメか……であれば近づくまでだ。再び距離を詰めた俺は俯いた彼女の顔を両手でそっと包み込む。
涙を流していたようで、左右の頬が少し湿っていた。
ゆっくり、ゆっくり。時間をかけて恋人の顔を上げていく。
そこには泣き腫らした両目と真っ赤に染まった鼻をズズッとすする七瀬がいた。
こんなに泣かせてしまった事が、恋仲になって以降あっただろうか。少し逡巡するが、思い当たらなかった。
申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになっていく。
「手紙を書いていたのか?」
「はい。炭治郎に相談しようと思って。向こうの家に戻っても良いかって」
「そうか」
彼女の両頬を包んでいた掌を、ゆっくりとおろした。やはり俺にとって都合が悪い事だ。この家から出ていこうとしているではないか。
一刻も早く、本当の事を伝えねば……!
「正直に言う」
膝に置いている七瀬の両手をゆっくりと包みこみ、ありのままを隠さず、言葉を紡いでいく。