第21章 可愛い君、かわいいあなた ✳︎✳︎
「私、あの後どうなったんですか?」
「俺が君の体を拭いて衣服を着せた後、父と千寿郎がここまで運んでくれたのだ」
「そっかあ。お手間かけてしまいましたね」
「七瀬、すまん……」
「大丈夫ですよ」
横になったままで俺を見ながら笑顔を見せる七瀬。
今、自分は彼女にどんな表情を見せているのだろうか。わかっているのは眉が垂れ下がっていると言う事だ。
それともう一つ。
「その顔は、また俺を可愛いと思っているな」
彼女の額を己の人差し指で柔らかくトン、と押す。するとまた含み笑いをする恋人である。
「男として不甲斐なし!穴が入ったら入りたい思いなのに、可愛いはないだろう?」
「いえ、ああなる前に早く伝えなかった私も悪いので。ごめんなさい。でも……」
「ん?どうした」
トンと指でついた額に今度は掌を当てると、七瀬の顔に先程とは違う種類の笑みが宿った。
「いつも男らしい杏寿郎さんが私は大好きですけど、かわいい杏寿郎さんはもっと……好きですよ?」
「……!!」
な、な、何だと!!!
瞬間、体の芯からカーッと駆け上がって来るのは羞恥心だ。よもや、七瀬がそんな事を口にするとは……俺は思わず口元に手を当ててしまった。
「君は時々心臓に悪い事を言うな……」
「私はいつもあなたにそう言う事を言われていますけど…」
「む、そうか?」
「そうですよ」
うーむ、言われてしまった。
しかし、俺は決して彼女を困らせようなどとは……いや。これは否定出来んな。
七瀬が自分の事で右往左往するのは、見てて気分が悪い物ではなく、むしろ嬉しい。
もちろん彼女が笑ってくれるのが一番だ! しかし、そうではない顔も見たいと言う気持ちもある。
全ては恋人を独占したい ——— そんな思いから来る物なのだろう。
「もう起きて大事ないのか?」
「はい……しばらく横になっていたら大分楽になりました」
“昼食の用意、お手伝いしてきます”
ゆっくり体を起こし、部屋から出ようとする七瀬だが、俺は引き止めるように後ろから彼女を抱きしめた。