第16章 晴れた霞に心炎嫉妬をする、の巻。
七瀬は襖を開け、繋がれている俺の手をひいて中に入る。二人きりになると、恋人が自分を抱きしめてくれた。
顔を隙間なく密着させ、俺の背中にそっと腕が回る。
「私の恋人は杏寿郎さんですよ」
「……」
そうか、俺はそう言って欲しかったのか。七瀬の言葉に合点がいくと、両腕が自然に彼女の背中へと回る。
「話の流れで、急に仲良くなったように見えたかもしれませんけど!……こうやって抱きしめたいと思うのは…あなただけです」
背伸びをした七瀬が、口付けをくれた。当てられた瞬間、胸に宿るのはあたたかく、そして心が満たされていく物だった。
一回だけの接吻であったが、口元に笑みも浮かぶ。そんな俺を見た恋人は安心した笑顔を見せてくれている。
「恋をすると、男はダメだな。少し弱くなる気がする」
「そうですか?……えー、杏寿郎さんが?」
「ああ、情けない程にな。君は強くなった気がするが」
「あ、それは当たりです」
ん? どう言う事だ? 逸る気持ちを抑えながら、彼女の返答を待つと…
「自分の好きな人が自分の事を好きでいてくれるだけでも嬉しいのに、杏寿郎さんは私以上に私の事をよくわかってくれていますから」
「そうだな」
俺を抱きしめてくれている七瀬の両腕が、ぎゅっと回し直される。本当にかけがえのない恋人だ。
「時透は、君の事を好いている気がする」
「えっ?」
目を丸くした七瀬の視線が俺と絡む。
「杏寿郎さん、それはないと思います」
「何故そう思う?」
掌を彼女の背中から後頭部に移し、指で七瀬の短い髪を解き始める。サラサラと指通りが良く、顔が綻んでしまった。
「手合わせしない?って言われたんです。違うんじゃないでしょうか?」
「む……手合わせか?」
よもや!それは寝耳に水だ!