第15章 紫電・心炎の想い / 八雲の踏み込み・蟲の戯れ
「ん、はい」
「うむ、こんな所か」
杏寿郎は両手で七瀬の肩をポン、と優しく叩いた。硬くなっていた心と体がほぐれた彼女は師範にお礼を伝える。
「ありがとうございます。凝り固まってたので、大分軽くなりました」
「……」
「杏寿郎さん?どうしたんですか?」
「いや…」
杏寿郎、先程二本目の後にと言った決意を思い出している所である。そして ———
「宇髄!」
「ああ?何だよ」
「後どれくらい時間がある?」
天元に休憩の残り時間を確認すると、後一分もないから行くならさっさと行け!……とどやされてしまった。
「承知した!」
聡い天元は何かを察したらしい。しっしっと七瀬と杏寿郎に向かって手をひらひらさせている。それも恐ろしく、ニヤニヤした顔で。
『え、何だろう? 何か気味が悪いなあ』
不審に思った七瀬だが、杏寿郎の「行くぞ」と言う声と共に手を繋がれてしまい、二人は道場から一旦退出した。
彼は誰にも見えない場所まで七瀬を連れて来ると、彼女の両頬を柔らかく包んだ。たちまちに胸がドキン、と跳ね上がってしまう七瀬である。
「え?あの、杏寿ろ…」
「静かに」
杏寿郎は彼女にそう言った後、コツンと自分の額を恋人の額に当てた。するとふんわりとした笑顔を見せる七瀬だ。
「俺からの験担ぎだ」
「これ、すごく好きなんです。杏寿郎さんの力を分けてもらえるような気がして」
「そうか?」
「はい!」
元気よく返事をした七瀬の両頬を包み込み、一度撫でた杏寿郎は先程義勇から聞いた事を問いかけてみる。
「詰将棋……初めて冨岡に勝ったそうだな」
「あ、はい!聞かれたんですね」
「ひょっとしたらひょっとするかもな?」
「どうでしょう?相手はしのぶさんですからね……」