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燦姫婢女回顧【R18】

第8章 沙良


ガチャン!

音を立てて沙良の抱えていた土瓶が傾く。
盆の上に茜色の薬湯が溢れた。

――――この薬湯独特の香りが濃く漂った。

(間違いない。これは。)


「ちょっとお!何やってんのよ!これじゃ輝姫様のところに持っていけないじゃない!」

「ごめんっ、沙良。いそいで厨房から新しいのを取ってくる。」

「あたりまえよ!早くしてね!」

沙良はお盆を私の手に押しつけた。


「ここで待っててね、急ぐからっ。」

「もうっ!!」


私はお盆を抱えて渡り廊下を走った。向かった先は厨房ではなく、燦姫様の離れだ。

息を切らして離れにも戻ると、

「よお。」 

ナンも来ていた。


「そんなに慌ててどうしたんだい?何だ?その薬湯は?」

怪訝顔の姫様に私は早口で恐ろしい「顛末」を話した。


「……これは一気に酔いも覚める話だね。」

姫様は寝台から起き上がった。

長椅子で寛いでいた五王様も身を乗り出して、険しい顔をしている。

ナンは拳を握りしめて立ち尽くしていた。


「今さっき私が飲む薬湯をネコが持って来たところだ。これを代わりに持ってお行き!」

「……二日酔いに効くやつだな。」

「余計なことはいいんだよ!」

姫様に睨まれて五王様は肩をすくめる。

「疲れにもいい薬湯だ。これなら安全だからね。」

「はいっ!」


私はネコさんからお盆を受け取り、沙良の元へ急いだ。




「遅いじゃない!」

沙良はお盆をひったくって六王様の御殿へと向かって行った。

(ふう……どうやら薬湯を替えたことには気がつかれなかったな。)

人通りの多い渡り廊下で、私は怪しまれない様に、放ってあった洗濯籠を抱えて何事もなかったかの様に洗濯場へ向かった。




私が走り去ってからの離れでは―――――――


「お手柄だったな、鼠姫は。」

「案外気が回る娘なんだよ。」


「よく分からねえ、あの虫も殺さぬ顔をした麗姫姉様がそんなこと本当にするのかな?」

「やっぱりまだ子供だねえ、ナンは。」

姫様はクスリと笑う。

「ああいった女が一番怖いんだよ。」


六王様と輝姫様のご結婚は誰もが憧れ、祝福すべきものではあったが、背景から面白く思わない者がいるのも事実だった。
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