第8章 沙良
(!?)
「ナンから預かった。『鼠姫に食わしてやってくれ』だと。まったく自分で持ってこいって。兄王をこき使いやがって。」
「ちょ…ちょっとさっきから何だい?その「鼠姫」ってのは?」
姫様は思わず起き上がった。
「あぁ、ナンがこちらの仙女殿をそう呼んでるんだ。寝言で呼んだのが最初だ。」
(えぇ?!)
「へえ〜いつの間にやらずいぶんと惚れ込まれたもんだねえ〜ネズ。」
「わ、私洗濯してきますっ!」
私は恥ずかしくなって洗濯籠を掴んで離れを出た。顔から火が出そうだ。
(鼠………姫?……)
涼しい風に当たって少し顔のほてりが収まった頃、渡り廊下で向こうから歩いて来た沙良と遭遇した。
「あら、おはよう。」
(沙良から挨拶してくるなんて今朝は随分とご機嫌なんだな。)
「おはよ。」
面倒だからあまり関わりたくなかったので私は挨拶だけしてやり過ごそうとした。
「ちょっと何よそよそしくしてんのよ。私が床役に選ばれたからってあんたも妬んでるの?」
沙良は私の前に立ちふさがった。
(……知らないってそんなこと。)
「梅花は里に帰っちゃったの。いや帰されたんだわ、きっと。床役でヘマして。グズだから。」
(また、相変わらず悪口ばかり………え?!梅花辞めちゃったの?)
「それで婢女があたしと雪菜だけになって大忙しよ。これから麗姫様のお使いでこの薬湯を六王様のとこの輝姫様にお持ちするの。」
(薬湯?)
沙良は薬湯の土瓶と椀の載った盆を抱えていた。
「とても体に良い薬湯なんですって。輝姫様は昨日お輿入れでお疲れだろうからって。麗姫様は本当にお優しいわ。」
冷まして飲み易くする為に薬湯の土瓶の蓋は少し開けてある。そこから漂ってきた香りは―――――
私があの花見の宴の翌朝に飲まされた薬湯と同じ香りがした。
あれから「女の子の日」の度に姫様はこの薬湯を飲ませてくれた。おかげでお腹や頭が痛くなることがなく、元気に過ごしてきた。
「この薬湯は女の病によく効くんだ。でも子どもを授かりたい時は飲んじゃいけないよ。もし宿っているのを知らないで飲んでしまったら流れちまうからね。」
姫様がこう教えてくれたのを思い出した。
(この薬湯を輝姫様に?!)
「じゃ、あたし忙しいから。」
脇をすり抜けて行こうとした沙良に私は咄嗟に洗濯籠ごと体当たりした。