第18章 後日談〜『桃饅頭』
「私、後でお祝いに行ってくるね!」
「ああ、頼んだ。
おそらく好きな酒が飲めなくてイラついてるだろうから話相手してやってきてくれな。」
「ふふふっ………わかった!」
――――第三王となったナンは当然忙しい。
だんだんと「サマ」になってきた長い衣を翻して今日も正殿へと出掛けていった。
その日の昼下り、私は庭に咲いたばかりの「福寿草」の花を摘んで、燦姫姉様を訪ねた。
「姉上様?」
「ネズ!」
燦姫姉様は長椅子に横になっていたがすこぶる元気だった。
「わざわざ来るってことはおおかたナンにこっそり酒飲んでないか見張ってこいとでも言われたんだろう?」
(…………だいたい合ってる……)
お茶を運んできたのは今は「女官」となったネコさんだ。
「いいかげん20才(はたち)過ぎても婢女にしていたのがバレちまってさ。」
以前燦姫姉様はボヤいてた。
頭からすっぽり覆っていた衣を脱ぎ、太い帯をキリッと締めた女官の着物を着ていた。
伸びて形の良い頭に貼りついている様な髪型がとても似合っている。
ネコさんは軽く会釈だけして奥へ下がっていった。
私は声をひそめて訊いた。
「ねえ、まだネコさんは口が利けないことにしているの?」
「ああそうだよ、その方が何かと便がいいからね。
しつこい様だけど後宮(ここ)は美しく恐ろしいところだよ。ネズもゆめゆめ油断するんじゃないよ。」
燦姫姉様はお茶を一口飲んだ。
遠くからざわめきが聞こえる。
「……今日は騒がしいねえ。」
「あっ、今日は新しい婢女たちが後宮入りする日なんですよ。
私のところにも二人、来るって!」
「ネズが婢女を使う側になるとはね。
いじめるんじゃないよ!」
「姉上様に言われたくないなあ!」
「………!。本当に良く言う様になったねえ〜」
庭の常緑樹にキラリと光った水滴がやがてピチャリと落ちた。
この時季、冷たい俄雨がよく降っては止む。
(私が来た日もこんな雨上がりだったなあ。)
私はそんなに遠くない昔を想い返していた。
『燦姫婢女回顧』―――――終