第8章 沙良
(はぁ?!)
沙良は例の口唇の端を釣り上げる笑いを見せた。
腫れ上がったまぶたとのギャップが可笑しすぎる。
(いつもの沙良だ。心配ないな。)
私は笑いをこらえながら手の中に少しばかり残っていたコケモモを沙良の口に放りこんだ。
「………なにこれ!変な味!」
悪態をつきながらも沙良は案外美味しそうに咀嚼して飲み込んだ。
「ふんっ!あんたこんなもん食べさせられてんだ。」
と言って沙良は枕元の麗姫様が持ってきた焼き菓子をひっつかむとムシャムシャとむさぼり食べ始めた。
「欲しそうな顔してるけどあげないからね!」
(これだけ食欲あれば大丈夫だな。)
私は黙って立ち上がり部屋を出ていこうとした。
その背中に沙良は云う。
「あたしはねえ、干からびた実しか食べさせられないあんたと違うの!麗姫様はあたしを女官に、って言ってくださってるんだから。」
(はいはいと。)
婢女のいわゆる「定年」は20才(はたち)だ。
それからは生まれたところに帰されるが、姫様の推薦を受ければ「女官」として城に残ることも出来る。
「女官」となれば一生身分は安泰。生家にも多額の金子が届けられ、それはそれは名誉なことだった。
私は外で依然不安そうな梅花に「もう心配ない」と告げて離れに戻った。
私の居なくなった部屋で沙良はきょろきょろと他にも誰か居ないかと確かめると、床に散らばっているコケモモの実を拾い上げ、口に入れた。
「……美味し!」